今日は

本当に幸せな生き方を神様の使者から学んだ

というお話をしたいと思います。

 

しばらくのお時間、お付き合い願います。

 

さて、私たちの暮らしは、テクノロジーの進化によって

とても便利になっています。

 

なかでもスマートフォンという高機能のツールが一般に多く普及しています。

 

こういた便利なツールは、使い方次第では、とても便利に使えます。

 

通話やメールはもちろん、カメラにビデオ、辞書にナビに時計、電卓、会計簿、日記・・・

買い物の支払い等もスマホでできるようになりました。

 

いろんなアプリも次々に開発されてますます便利になっています。

 

石川勉のYouTubeチャンネル

 

ところが、こんな便利なはずのツールも

使い方を誤ると大きな問題を引き起こします。

 

例えば、LINEなどのSNSによるいじめの問題です。

 

一昔前のいじめの問題は、学校が主ないじめの現場となっていたので、

不登校の問題はありますが、学校にいかなければ、とりあえずは

いじめを回避することが出来ました。

 

ところが、今はLINEなどのSNSによって、その垣根がなくなってしまい、

逃げ場が無くなっているのです。

 

下手をすると24時間常に攻撃を受けてしまいます。

 

また、スマホによるいじめは、やり方が陰湿で目立ちにくいという

新たな課題も生み出しているようです。

 

こうした問題との因果関係は不明ですが、

いま子供の自殺者も増加していると言います。

 

こうした問題を考えるとき、果たしてテクノロジーの進化によって

私たちは本当に幸せな生活を手に入れることが出来ているのだろうか?

 

そんな疑問が沸き上がります。

 

ただ、便利なツールそのものが問題ではないと思います。

 

あくまでそれを使う人の心の問題だと私は考えています。

 

テクノジーの進化に、人の心が追い付かずに、

対応できていないと言えるのかも知れません。

 

街に出ると、多くの人がうつむき加減で同じようにスマホの画面に

見入っている光景を見かけます。

 

スマホに心を奪われている。

 

私には、それが異様な光景に映ります。

 

 

でも、そういう私も無意識にスマホの画面を見ていることがあり、

ハッとするときがあります。

 

意識しないで使っていると、この小さなツールに、

心を奪われてしまいそうになります。

 

 

一方で、そういったテクノロジーと全く無縁の生活をされている方もいます。

 

私のご近所に、軽度の知的障害者のご夫婦が住んでいます。

 

天気のいい日には、ほとんど毎日

夕方になると、ご夫婦が散歩をされます。

 

特にご主人のほうが、とても素敵な笑顔を

浮かべながら歩いているのを見かけます。

 

たぶん、奥さんと一緒に散歩できるのが本当にうれしいんだと思います。

 

そのご夫婦は障害があるので、自動車は持っていません。

 

私が見る限りでは、携帯電話もスマートフォンも持っていない様です。

 

ファッションも夏は上がTシャツに下はジャージといったいでたちです。

 

大変失礼ですが、お世辞にもオシャレとは言えない服装です。

 

ですが、ご近所を歩きながら咲いている花に足を止めて

二人で仲良く歩く姿を見ていると、こちらまで心が癒されます。

 

ご夫婦には知的障害というハンディはあります。

 

ですから、高機能なツールや便利なものを使いこなせない面もあります。

 

しかし、人間として健全に暮らしているのは、

果たして、便利なものを使っている私たちなのでしょうか?

 

私は、お二人の様子を見る限り、

このご夫婦のほうではないではないかと思うのです。

 

私たちは便利なものを手にするたびに、何か大切なものを失っている。

 

そんな気がしてなりません。

 

実は、このご夫婦ですが、私はきっと、

神様の使者ではないかと思っています。

障害というハンディを背負いながらも

私達に正しい生き方を教えてくれているような気がしてなりません。

 

愛と感謝をまたひとつ身近な人達から学ばせていただきました。

 

 

今日のお話は以上です。

 

最後までお聞きくださいまして、

ありがとうございました。