今回は、

世の中で独りぼっちになったと

感じたときに聞いて欲しい話

というお話をいたします。

 

しばらくのお時間、お付き合いを願います。

 

 

誰でも自分の事を理解して欲しいと思います。

 

また、人によって多少違いはありますが、

それでも、大なり小なり他人に評価されたい、

自分が価値のある人間だと認められたいという

「承認欲求」もあります。

 

それゆえに、

時折「誰も自分を理解してくれない」

と感じてしまうこともあるのではないでしょうか?

 

石川勉のYouTubeチャンネル

 

論語の学而編(がくじへん)第十六に

次のようなことが書かれています。

 

16:子曰く、

『人の己を知らざるを患えず(うれえず)、

人を知らざるを患うる(うれうる)なり。』

 

これを現代語に訳すると次のようになります。

16:孔子はおっしゃいました。

「人が自分を認めてくれないことを心配するのではなく、

自分が人を認めようとしないことの方を心配しなさい。」

 

さらに分かりやすく解説すると、

「他人が自分を理解してくれないことが、悲しいのではなく、

本当に悲しいのは、理解して欲しいと思う自分が、

他人を誰も理解しようとしていないことだ」

と言っているのです。

 

非常に深い言葉です。

 

例えば、

人は独りで暮らす方が、他人に余計な心配も気遣いもいりませんから、

気楽でいいはずです。

それなのに、人はそれでも誰かと一緒に居たいと望みます。

 

それは一体なぜでしょう?

それは、人が独りで生きると言うのは、

実はとても苦しい事だからです。

 

だから人は皆、心のどこかで、

いつも誰かと繋がっていたいと望んでいるのです。

 

そして、そんな寂しさを抱えた自分を理解して欲しいと

誰もが心の中で願っています。

 

つまり、誰もが「自分を分かって欲しい」と願うものなのです。

 

何が言いたいのかと言うと、

あなたが人に理解されたいと願うことは、

あなたと同じように、相手もまた、

あなたに理解されたいと願っていると言うことです。

 

そのことに、あなた自身も気付くことが

大切だということです。

 

それに気が付けないことが、

人としてとても悲しい事なんだと

論語では伝えているのです。

 

あなたが、相手のさみしさに気が付けたなら、

あなたは、相手を受け入れ理解しようとします。

 

すると相手もまた、あなたを理解し受け入れようとするはずです。

 

そうやって人は人と繋がっていくのです。

 

今回のお話は以上です。

 

最後までお聞きくださいまして、ありがとうございました。