今日は、

不変不動の教え「知足者富(ちそくしゃふ)」

というお話をします。

 

しばらくのお時間、お付き合いを願います。

 

さて、「足るを知る者は富む」は、中国の哲学者で、道教の開祖とされる

老子と言う人の教えです。

 

また、お釈迦様が説いた仏教の中にも、

これと同じような教えがあります。

 

この教えは、2000年以上も前の時代から今日の時代に至るまで

変わることなく伝えられて来た不変不動の教えです。

 

「足るを知る」と聞くと、欲しいものを我慢して貧しく暮らさなければならない。

そんな風に感じられる方もいらっしゃるかも知れませんが、そうではありません。

 

これは、満足することを知る者は、心豊かに生きることができる

ということを教えているのです。

 

実に短い言葉の中に、深い意味が込められた教えです。

 

石川勉のYouTubeチャンネル

 

さて、

まずは、私事で恐縮ですが、私の父親の話をさせていただきます。

 

というのも、実は以前に私の父が起こした事故がきっかけで、

知足者富(ちそくしゃふ)を深く考えさせられたことがありました。

 

なので、今回そのお話を少しさせて頂います。

 

父は5年ほど前になりますが、家で庭の剪定作業中に大ケガをしてしまいました。

 

作業するために踏み台にしていた重さ1トン余りある石が崩れて、

左足を膝下から切断したのです。

 

実は、父はケガをする少し前から、両足のひざに水が溜まりはじめ痛みを感じていました。

そんな状態にも関わらず、無理して庭仕事をしていたことが大けがの原因だったと思います。

 

しかし、父親の性格を考えたとき、今回の大ケガが無かったとしても

早かれ遅かれ、日頃からの無理が原因で、

両足ともに膝の状態がますます悪くなっていたのではと思うのです。

 

半年ほど入院した父は、左足を失ってしまい不自由な身体になりました。

 

しかし、治療のために長期入院をしたお陰で、

両足の膝の痛みは、スッカリ良くなっていました。

 

今は、残った右足と左は義足で車の運転が出来るまで回復しています。

 

84歳を超えた今でも、元気に近所でバイト仕事をしており、

全く持って、とんでもない回復力と体力です。

 

そんな父ですが、今回、足を無くして初めて、足があることの有難さが

身に染みてわかるようになったと言っています。

 

普通に足があって、普通に歩ける人は、

歩けることなんて当たり前のように感じるでしょう。

 

日頃から足に感謝しながら暮らしている人は、そんなにいないと思います。

 

そんな父を見ていると、私たちは五体満足に生まれただけでも

すでにたくさんの感謝を受け取っているとつくづく感じるのです。

 

この時代の日本に生まれただけで、かなり恵まれた環境の中で生まれ育っています。

 

それなのに、愛が足りない、地位や名誉がなりない、お金が足りない

いつも足りないものを見ては不平や不満を抱きます。

そんな生き方を続けていたら、本当に息が詰まってしまいます。

 

足りないものや無いものばかりに目を向けないで、

今すでにあるものに目を向けてみましょう。

 

足りないものばかりを求めても、それには永遠に終わりがありません。

 

いつまでも、心が満たされることはないのです。

 

ですが、満足を知ることができれば、

そんな不足の世界から解放され、心豊かな人生が送れます。

 

他人と比べるのをやめて、自分の基準で物事を見れば、

すでに足りていることを知ることが出来るのです。

 

そうなれば、必ずあなたの人生がもっと好転していくでしょう。

 

 

今日のお話は以上です。

 

最後までお聞きくださいまして、ありがとうございました。