自己啓発

「思想(おもい)は高く、暮らしは低く」

 

あなたは土光敏夫(どこうとしお)氏という人をご存知だろうか?

昭和が生んだ経済界のリーダーであった人です。

 

戦前戦後の日本の復興を始めとして、高度成長期からバブルを迎える時代に活躍された経済界の先駆者だった方です。

 

土光敏夫氏の母親は土光登美(どこうとみ)さんと言います。

登美さんの口癖は「個人は質素に、社会は豊かに」だったそうです。

そして、戦中に平和な日本にしたいとの思いから、正しいことを自ら考えることの出来る人間を一人でも増やして行こうと、当時教育が遅れていた女性の教育向上を目指して「橘学苑」という私立の女学校を創設された方です。

現在は男女共学の中学校・高等学校として運営されています。

 

そんな母親の影響もあってか、土光敏夫さんは東芝や経団連会長などの要職に就きながらも、家は大きな会社の社長の家とは思えない様な木造住宅に住み、普段から質素な生活をしていたそうです。

夕飯はご飯に味噌汁にメザシだけであったことから「メザシの土光」という愛称で呼ばれました。

ただ自分たちの生活は質素でしたが、決してケチで節約していたわけではありません。

自分たちは月10万円程で生活しながら、稼いだ残りのお金は母親の創設した橘学苑の教育事業へ投じていたそうです。

 

母親の土光登美さんは「個人は質素に、社会は豊かに」という強い信念を持ち、土光敏夫氏は「思想(おもい)は高く、暮らしは低く」という言葉を残しています。

自分たちは質素に節約して暮らし、社会に対する理想や思想はいつも高く持って、そうした価値に対して必要なお金を投じる。

節約と聞くとなんだか貧乏くさいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、土光敏夫さんのような行動こそが本当の節約ではないかと感じます。

 

私利私欲のためでなく、社会や世の中のために努めた昭和を代表する経済界の偉人です。

ビジネスを始める時に偉人から学べることは本当に沢山あります。

 

  • この記事を書いた人
TSUTOMU,ISHIKAWA

TSUTOMU,ISHIKAWA

製紙会社で紙製品のデリバリー管理業務を8年間、福祉関係の専門職員を8年間勤めました。その後、地域貢献を志し政治の世界へ進みます。市会議員と国会議員公設秘書を通算5年間勤め、その後民間企業で5年間経営を学び独立起業しました。順調にステップアップしていたかに見えましたが、神様はここで私に精神の修業を命じます。50歳を目前に起業した事業が失敗し廃業・借金・うつ病・離婚等を経験します。 そして社会から完全に脱落。 病気から回復後に経済至上主義の競争社会に疑問を抱き、自身の失敗経験と反省から、この厳しい時代に凡人の中高年が、どのように生きるべきかを実践を通じて学んでいます。ビジネスマインドを始め、幸せな成功を目指すためのライフスタイルなど、将来に不安を抱える中高年の方々へ、新しい時代へ向けての生き方などをご提案しています。

-自己啓発

Copyright© 自分らしく生きる , 2020 All Rights Reserved.